高橋 修平さん / 片倉 靖次さん / 岩本 勉之さん / 桑原 尚司さん

画像左から岩本氏、高橋氏、片倉氏、桑原氏
たかはししゅうへい 

北見工業大学名誉教授、北海道立オホーツク流氷科学センター所長、73歳

かたくらせいじ
紋別市水産課参事〈水産研究・国際シンポジウム学術担当〉、北海道大学大学院水産科学研究院・客員准教授、51歳

いわもとかつし
紋別市水産課副参事〈水産研究・国際シンポジウム学術担当副参事〉、第63次南極地域観測隊越冬隊員派遣中、50歳

くわはらたかし
北海道立オホーツク流氷科学センター学芸員、紋別高等学校時間講師、46歳

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紋別は流氷研究国際都市 ~〝青田イズム〟を引き継ぐ4人の科学者たち~

 流氷研究国際都市を標榜する紋別市では毎年2月、国内外の研究者が集まる北方圏国際シンポジウム「オホーツク海と流氷」が開催されてきた。その生みの親の一人は、流氷博士として知られた故・青田昌秋氏(1938-2012)。紋別に置かれた北海道大学低温科学研究所・流氷研究施設で長年にわたり流氷研究に打ち込み、流氷が漁業へ及ぼす影響などを解き明かすことで、流氷に対する人々の意識を「厄介者」から「歓迎すべきもの」へと180度転換させた。その過程では、沿岸域の流氷の動きをリアルタイムで探るため紋別・網走・枝幸に流氷観測レーダーを設置したり、流氷がどこから流れてくるのかを調べるためサハリンまで行き発信機付きのブイを流したりと、現場主義を貫くため精力的に行動。こうした「青田イズム」を引き継ぐ4人の科学者に話を聞いた。

青田氏との出会い

 4人と青田氏との出会いは様々だ。
 高橋氏は共通する研究分野を持つ大学人同士で、冬のコムケ湖(紋別)の湖氷観測の折に「道東の仲間だよね。一緒にやろう」と誘われたのが交流を深めたきっかけ。北見工業大学定年退官後「青田先生の遺言」として、同センター所長に就任した。
 片倉氏は水産庁(北水研)時代からシンポジウムを通じて青田氏との親交があったが、市でプランクトン研究を担っていた浜岡荘司氏の後任として、青田氏の後押しもあって市職員になった。流氷からアザラシまで、魚を基軸に置いた研究を行っている。
 岩本氏は学生時代、流氷が地域の気候に及ぼす影響について研究し、その後、国立極地研北極観測センターなどで勤務。大山山頂(紋別)に設置されているドップラーレーダー(流氷観測レーダーの後継)の運用担当者として市職員となり、その実績を買われて現在は南極に派遣中。
 桑原氏はクリオネ水槽を製造・販売するメーカーの紋別拠点に営業兼クリオネ採取担当として勤務する中で、浜岡氏や青田氏と知り合った。クリオネを流氷の象徴として出品した2008年洞爺湖サミットでは、青田氏から「日本一のクリオネハンター」と紹介された。その後、同センター学芸員になった。

国際シンポジウム

 青田氏は学術面で様々な研究成果を残したが、紋別市に対しても毎年の「国際シンポジウム」という新たな文化を残した。国内外の研究者による学術研究発表がメインの行事だが、長年にわたって地元の小学生を対象とした「子ども流氷シンポジウム」を開催してきたのは他に類を見ないもの。高橋氏は「オホーツク海は塩分濃度が低いため他より凍りやすいことなど、一般の大人も知らないような知識を身につけられる。サイエンスは『おや?』と疑問に思うことから始まる。自然現象に不思議さを感じ、そこから科学の世界に入ってもらえたらうれしい」と話す。
 流氷科学センターでは科学教育イベントを積極的に展開。中学校や高校の授業を受け持ち、身近な自然科学に子どもたちの目を向けさせている桑原氏は「今では市内3つの中学校すべてが教育シンポジウム中学生の部で研究発表を行っている。その指導をするのは、地域唯一の科学館の役割。流氷に限らず、科学に興味を持ってもらえる機会にしていきたい」と思いを語る。これについても高橋氏は「大きな街ではこのような小中一貫の教育は難しい。紋別の子どもたちは手厚い理科教育を受けられる環境にある」と賞賛。北海道オホーツク沿岸は北半球の流氷南限であるため「流氷の減少という目に見える現象を通じて、地球温暖化や二酸化炭素排出問題なども考えてもらえる」と、子どもたちが興味を持つことを期待している。

人材育成と漁業振興

 現場主義と並ぶ「青田イズム」のもう一つの大きな柱は人材育成だ。
 紋別市は北大大学院水産科学研究院と2017年に連携協定を締結。北大に限らず、北見工大や東海大などの学生らも受け入れ、流氷や生物、生態などの基礎研究だけでなく、ソナーや自走式水中ロボットなど工学的な実証実験なども行われてきた。片倉氏によると「若い学生が自由に研究できる環境がある。学生たちの延べ滞在日数は年間100人泊を超える」のだという。
 こうした研究は漁業にも好循環をもたらしてきた。
 流氷に海が閉ざされ漁ができない期間、流氷の裏側には植物プランクトン「アイスアルジー」が成長し、それをホタテガイや動物プラントンが食べ、さらに魚たちの栄養となって循環していくことなどがわかったためだ。さらにホッカイシマエビの資源量回復や、世界初となるチョ
ウザメの海水養殖などの研究にも期待が寄せられている。
 氷海展望塔オホーツクタワーなどで行っている水温・水質のモニタリングは回遊魚来遊の時期把握などにも役立てられている。海に異変があればすぐにわかるのもメリットだ。片倉氏は「昨年は道東太平洋沿岸で赤潮被害が問題になった。普段から調べていれば早期に予兆
が分かったかもしれない。その点でも海洋モニタリングを継続していくことは大切」と話す。

岩本氏は南極派遣中

 岩本氏の南極観測隊員抜擢も明るい話題だ。出発前に岩本氏は「極地の厳しさとともに、基地の整った環境なども子どもたちに伝えたい。自然や極地、雪、氷などに興味を持ってもらえたらうれしい」と抱負を語っていた。
 学生時代からの夢だった南極行きを実現できたことも、子どもたちに伝えたいことの一つ。「極地研では北極観測担当になり、その後、紋別市に来たのでもう無理だと思っていた。ドップラーレーダーのおかげで夢だった南極までつながった」。専門分野に関わり続けた結果が実を結んだ。

シンポジウムの今後

 北方圏国際シンポジウムも進歩している。「オホーツク海と流氷」を長年のメインテーマとしているが、近年オホーツク海に限らず、凍る海全体に研究対象範囲が広がってきている。
 1982年の第23次南極観測隊に参加した高橋氏や北極観測に従事した岩本氏の経験を生かすだけでなく、重要性が高まってきた北極海航路も注目を集めている。さらにここに岩本氏の南極経験も加わることとなる。
 高橋氏は語る。「これだけの人材が紋別に集まったのはありがたいこと。(コロナ禍以前の話だが)シンポジウムがあるため国内外の研究者もやってくる。飲食店街『はまなす通り』の昭和ノスタルジーにはまり、発表がなくても飲みに来る研究者もいた。これらはすべて青田先生の熱意が起爆剤になった」と。
 青田氏の逝去から10年。「青田イズム」は次の世代へしっかりと受け継がれている。

\この記事を書いた人/

瀧澤信行/旭川市出身。14歳の時に紋別~雄武で見た流氷の大氷原に感動する。進学・就職のため11年間を札幌市で暮らし、平成11年に紋別市へ移住。地元紙記者として地域の魅力発信に努めている。

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