黒澤 徹也さん

くろさわ・てつや|1970年、興部町字朝日に生まれる。交通事故で体が不自由になったことを契機に「カービング」=木彫をはじめる。興部町周辺の野鳥や魚を題材に、自分の山の木材を使って削る。「日本バードカービングコンクール」の初級3位を皮切りに数々の入賞歴を持つが、出展者同士の投票で選ばれる「司工房フレンズ賞」をもらったことが一番嬉しいという。

kurosawa.jpg

ここが当たり前だから、ここを離れない

興部町の街なかから20km余り、朝日地区(旧オタッペ地区)の最も奥に黒澤徹也さんの自宅兼工房がある。黒澤さんはここで野鳥や魚をモチーフに「カービング」=木彫りの作品を作る。家の脇には鬱岳を源に森の中をゆっくりとオタッペ(於達辺)川が流れる。

天然更新を続けるオタッペの森のシナノキ

黒澤家は三代前に富山からこの地に入植。初代は伐採・造林の仕事に就いた。オタッペの森は多様な針葉樹と広葉樹が息づく。先代・先々代は更に農業、肉牛の畜産、ヤマメの養殖も手掛けた。黒澤さんも高校卒業後は十勝で2年間の畜産修業をして家業を継いだ。しかし22歳の時に下半身不随となる交通事故にあい、これを機に木と向き合う「カービング」を始めることとなる。

黒澤さん 釣りが好きで、釣り雑誌の木彫りに魅せられた。はじめは薪の中から良さそうなのを見つけて削ったけれど、今はシナノキを使います。シナノキは粘りが強くて割れにくい。魚のヒレや鳥の尾羽は結構薄くしていくのだけれど、シナは細かい削りや加工に応えてくれる。私のカービングには最適です。

◇ ◇ ◇

 

シナノキは寒さや日影にも強く、夏には木いっぱいに花を咲かせて蜂や虫達を迎え入れる。深いオタッペの森を代表する大きな広葉樹。黒澤さんがカービングに使う木材は全て自分の山から伐り出される。

水面とヤマメとカワセミが見せる美しい時間と空間

黒澤さん 今までにカービングで作った鳥は20種類程。全部このオタッペの森やコムケ湖(※1)、オムサロ湿地(※2)周辺に来る鳥で、自分で写真に撮って作るから種類はそんなに多くない。魚であればヤマメ、ニジマス、イワナ。作品としてはイワナが多いけれど、一番好きな魚はヤマメだね。子供のころから良く釣ったし、一番自分の身近にいる魚です。そのヤマメをカワセミが食べに来る。捕まえるのは一瞬。水に飛び込むのをじっとカメラを構えて待つわけです。

◇ ◇ ◇

4月から10月まで、カワセミがオタッペ川に来る。木漏れ日を反射してサラサラと光る水面、淡い銀青の斑紋を持ったヤマメ、青い宝石の様なカワセミ。オタッペ川が黒澤さんに見せる最高に美しい「時間と空間」だ。

オホーツクの自然がもたらす厳しさと至福の当たり前

黒澤さんが通っていた小学校は卒業後に閉校。在学中は生徒二人、先生二人だった。学校の帰りには森や川を歩き回り、冬場はスキーで通った。

黒澤さん 釣りにのめり込んだのは中学生の時。土日となれば20kmも離れた街から仲間が私のところに来て、更に6〜7km川の奥に入る。イワナはそこまで入らないと釣れない。高校時代も入った山岳同好会は釣り好きの集まりだった。


◇ ◇ ◇

学生時代は8kmを自転車で、そこから先はバス通学。黒澤さんの人生に釣りが不可欠な意味を持つこととなったのは、そんな学生時代の仲間達との経験があったからだ。

黒澤さん 私がここを離れないのは人間嫌いだからじゃない。好きだからです、ここの自然が。都会に住みたいと思ったことは全くない、自由ですよ。犬も放し飼い、何をしたって怒られることはない、水だって湧き水です。私にはここが当たり前。5月・6月が一番良くて、繁殖期を迎えて小鳥のさえずりがいっぱいです。福寿草が咲き、エゾノリュウキンカ、エゾエンゴサク、オオバナノエンレイソウが咲く。エゾアジサイは夏だけど、青い花が好きです。

◇ ◇ ◇

「カキーン、カラッ、カラッ」黒澤さんが録った角同士を突き合わせて喧嘩する牡鹿の音だ。オタッペの森の静けさが自然の中で繰り広げられる命の営みを伝える。オホーツクの自然が強いる厳しさ、辛さ、不自由さにもかかわらず「ここでの生活が当たり前」という。黒澤さんの生活と人生を「満ち足りたもの」にしているオタッペという「土地の力」。その意味にもっと踏み込まなくてはならないと感じた。

 

※1 紋別市南部に位置する汽水湖 ※2 紋別市の北部に位置する原生花園

\この記事を書いた人/

長南進一/北見市生まれ、大学から27年間を東京で過ごし、2000年にUターン。オホーツクの素晴らしさにあらためて感動し、オホーツクの地域おこしに奔走。明日のオホーツクラボラトリー代表

オホーツクテロワール