​岸山 登茂子さん

きしやま・ともこ/1947年に美幌町で生まれる。父の転勤に伴い子ども時代に池田町、苫小牧市、紋別市、さらに大学時代に東京での生活を経験した。卒業後は紋別暮らし。現在は国産食材にこだわった手作りの給食を学校や施設に届ける(株)きたみらいで代表取締役の重責を担ういっぽう、バラ園を作るために立ち上げたNPO法人ロサ・ルゴサでは理事長を務めるなど、地元に愛情を注ぐ取り組みに力を入れている。

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「みんなの庭をみんなでつくろう」をスローガンに

流氷が見えるスキー場として知られる紋別市営大山スキー場のすぐ下にある私設バラ園「美はらしの丘ローズガーデン」。2014年のプレオープンから早くも8シーズン目を迎える。「紋別にはなぜ花の名所がないのか」との素朴な疑問を発端に、仲間と共に様々な困難を乗り越えて見事なバラ園を作り上げた岸山登茂子さん。オープンまでの経緯や現在の課題、そして今後への夢などを語っていただきました。

原点は「なぜ紋別には無いのか」との疑問

―――オープンまでの経緯を教えてください。

岸山さん 富良野のラベンダーなど道内には有名な花畑がたくさんあります。滝上の芝ざくら公園や湧別のチューリップ公園も人気です。しかし紋別には何もなかった。「なぜ」と疑問に思っていましたが、05年のある日、ふと「私がやればいいんだ」と気付いたのです。以前から道内のバラ園巡りをしていたので、各地で出合ったバラの圧倒的な存在感を思い出し“庭の規模が小さくても見に来てもらえるのでは?”と考えました。新聞で同じ気持ちの人を募ったところ、3名の方から連絡がありました。最初の畑は藻別の元河川敷。いくら掘っても石ばかりで、人通りも少ない場所なので諦めました。その次が小向の空港の横。しかし重粘土質で畑に向かず、冬の海風にも負けて大失敗に終わりました。そして3番目に見つけたのが現在地です。所有者の市などと交渉し、NPO法人を立ち上げることで、ようやく思い描いていたバラ園を実現できることになったのです。とはいえ人手は私たち夫婦や賛同してくれた同年代の仲間たちだけ。作業は休日や平日の夕方以降に限られ、15年のグランドオープンまで3年もかかりました。プレオープンの時に市長から「本当にできるとは信じていなかった」と言われたのも、今では良い思い出です。法人名の「ロサ・ルゴサ」は紋別市の花であるハマナスの学名です。

―――ポニーを飼育したこともありました。

岸山さん 多くの人に足を運んでもらおうと17年に挑戦しました。人気も集めましたが、一度脱走されたので残念ながら続けられませんでした。京成バラ園(千葉県八千代市)から招いたスタッフによる講習会は好評でしたね。説明が具体的でわかりやすく、参加された方の疑問や不安に思っていたことにも的確にお答えいただきました。実は私たちも指導を受けていて、「北海道の中でも寒い地域なのに、これだけ立派にバラを育てているのは凄いこと。特に接ぎ木で育てる新苗づくりは、北海道ではできないというのが常識だった。新苗に成功しているのは、北海道ではここだけ」とお褒め頂いています。オフシーズンの冬には、麦わらを糸でつないで装飾品にするヒンメリづくりにも挑戦しました。そうしたことも知ってもらいたいですね。

喜んでもらえる新しいことを構想中

―――これからの展望は?

岸山さん いま、バラ園を含むオホーツク森林公園から大山山頂園までの一帯を再整備しようとする動きがあります。私も多くの人に喜んでもらえるような新しいことを構想している最中です。自分たちが楽しむだけでなく、エリアの再構築になるものを考えていきたい。昨年はコロナ禍の中でも、外国人技能実習生の若い女の子たちがきれいな服を着て撮影に来てくれました。特に日曜日には、気に入った写真が撮れるまで何時間も熱中する姿がありました。バラ園にそうした需要があると気付かされたことが、園の再整備に目を向けるきっかけにもなりました。いっぽう植栽面ではローメンテナンス化が課題です。なるべく手のかからない株と交換していきたい。私たちも年をとり、いつまで続けられるのか不安です。しかしこのバラ園には「庭を駐車場にしたい」と子に言われて庭をやめた方から引き継いだような想いの込められた花もあるため、廃れさせることはできません。都会からやってくる「地域おこし協力隊」や一時滞在する「おためし暮らし」の人たちの力を借りたり、転勤族などが庭いじりを楽しめるサークルを作ったりしても良いのかなと思っています。昨年はコロナで我慢の一年だったので、今年は色んな事を動かしたいですね。行く行くは家族(娘)に委ねることも考えています。

\この記事を書いた人/

瀧澤信行/旭川市出身。14歳の時に紋別~雄武で見た流氷の大氷原に感動する。進学・就職のため11年間を札幌市で暮らし、平成11年に紋別市へ移住。地元紙記者として地域の魅力発信に努めている。

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